奥州市社会福祉協議会

目や耳のご不自由な方へ

平成29年度奥州市福祉作文入賞作品集

-思いやりの心で たくさんの笑顔を-全 26ページ

表紙

第12回奥州市社会福祉大会特別表彰作品集

《平成29年度奥州市福祉作文選考委員会》
委員長小野寺 寛(水沢読書連絡会会長)
副委員長佐藤 栄喜(水沢読書連絡会副会長)
《応募状況及び入賞作品について》
応募総数:奥州市内小中学校より54編
入賞作品: 小学校の部 最優秀賞1点 優秀賞2点 優良賞3点 中学校の部 最優秀賞1点 優秀賞2点 優良賞4点
《編集・発行》
社会福祉法人奥州市社会福祉協議会
※ 可読性を考慮して漢数字の一部を算用数字に変換いたしました。

目次

あいさつ子どもたちの健やかな成長を願い

社会福祉法人奥州市社会福祉協議会 会長 岩井 憲男 1

小学校の部

最優秀賞薬を飲めば治る

水沢南小学校6年 鈴木 涼介 3

優秀賞ノーマライゼーションを目指して

水沢南小学校6年 佐渡谷 亮晴 4

優秀賞笑顔と優しさ

玉里小学校6年 長根 志歩 6

優良賞ぼくの家での福祉

水沢小学校6年 田嶋 優 8

優良賞ひいおばあちゃんとの思い出

水沢小学校6年 高橋 琉華 9

優良賞ふれ合うことの大切さ

羽田小学校6年 伊藤 妃呂 10

中学校の部

最優秀賞幸せの支えに

前沢中学校2年 小野寺 未羽 12

優秀賞ボランティアの心

江刺第一中学2年 菊池 翔 14

優秀賞思いやりの心をもって

前沢中学校2年 菅原 詞音 16

優良賞福祉委員会の活動を通して

水沢中学校2年 菅野 愛子 17

優良賞障害者でも楽しく過ごせる社会を!

前沢中学校1年 三浦 和希 19

優良賞福祉に取り組むために私たちができること

衣川中学校1年 石川 由佳奈 21

優良賞福祉について考える

衣川中学校1年 佐藤 花菜 23

子どもたちの健やかな成長を願い

 平成24年度から取組みを始めた奥州市福祉作文は、今年で6年目となりました。これまで、多くの児童・生徒にご忚募いただきました。次世代を担う子どもたちが、福祉について理解と関心を深め、さらに知見を広げ、豊かな人間性を涵養していくことをねらいとしており、所期の目標を達成することができております。本当にありがとうございます。

 今年は、小学校の部は、5、6年生を対象に、福祉について感じたこと、考えていること、体験したことなどをテーマに、中学校の部は、1、2年生を対象に、福祉のまち奥州市づくりのためにぼくたち・わたしたちにできること、できたらいいことをテーマに、忚募枠を拡げて募集したところ、計15校から54編もの忚募があり、昨年度の約3倍となりました。水沢読書連絡会の小野寺寛会長、佐藤栄喜副会長のご両名による審査会を経て、最優秀賞2編、優秀賞4編、優良賞7編を決定いたしました。

 本作品集は、入選された13編の作品を掲載いたしました。どの作文も、自らの体験や経験を通じて感じたことや考えたことが自分自身の言葉で丁寧に書かれています。他者と接する時の視点、つながりの大切さ、将来への目標や希望が共通して綴られているように感じられました。さらに、「ありがとう」という言葉の重みを感じたり、温かい心の通い合いこそが福祉の原点であるということをご理解いただけたと思っています。

 この作品集が大勢の皆様の目に留まり、相手を思いやり、たすけあい、支えようとする気持ちが社会全体に広がっていくことを切に願います。結びに、作品に忚募いただいた児童・生徒の皆さん、指導にあたられた先生方、ご家族の皆さま、ご多忙の中審査していただきましたお2方の委員に、心より敬意と感謝を申し上げます。

平成29年10月20日 社会福祉法人奥州市社会福祉協議会 会長 岩井 憲男

小学校の部

最優秀賞薬を飲めば治る

水沢南小学校6年 鈴木 涼介

 ぼくには、82才のおばあちゃんがいます。おばあちゃんとは、印象深い思い出がたくさんあります。そんなおばあちゃん、今は認知症になってしまいました。自分が言ったことを忘れる。自分がやった行動を忘れる。そんな認知症になってしまいました。たまにいっしょにご飯を食べに行くと、ぼくとお父さん、お母さんしかいない様子を見て、

「お兄ちゃんがかわいそうだねえ。」

と約10回ぐらい言うことがあります。その時にぼくは、(おばあちゃん、これからどうなるのかな。)と心配になります。

 そんな今、認知症の薬はありません。と言うより、認知症を治す薬はありません。ですが、認知症を遅らせる薬ならあります。ぼくは、これに満足していません。このまま、認知症を治す薬がなければ、今後苦しむ人がとても多くなるのではないかと思います。そこで、

 ぼくがこの流れをとめなければならないと考え、薬剤師になろうと思うようになりました。薬剤師になって、認知症を止める薬を作りたいです。その薬で、世界中の認知症に苦しむ人々を助けたいです。

 ぼくがこう思うようになったのには、他にもいくつかの理由があります。

 1つ目は、おばあちゃんに、これからもいろいろなことを覚えてもらい、楽しんでほしいからです。このことは、おばあちゃん以外の人も同じです。世界中の人が多くのことを覚え、楽しめる世界を作りたいからです。

 2つ目は、ぼくのことを覚えていてもらいたいからです。認知症には、いくつかの種類があり、その中の「アルツハイマー型認知症」は、近い時期の記憶からなくなっていくものです。いつまでも認知症を止める薬がなければ、世界中の人が、今まで触れ合ってきた人々を忘れ、自分の家族のことも、孫のことも忘れてしまうことになります。そうなってしまってはだめだ、と思うようになりました。

 認知症は、「治らない病気です。」という時代を、ぼくで終わりにしたいです。世界中の人々に「認知症は薬を飲めば治る。」ということと、「認知症は治るものだ。」ということを、ぼくが薬剤師になって証明したいです。また、世界中の人に「認知症はとても大きな病気だ。」ということを、薬ができるまで覚えておいてほしいです。

 実は、ぼくはおばあちゃんが認知症になる前までは、認知症を知りませんでした。そして、おばあちゃんが認知症になって、(ああ、こんな大きな病気なのに、何で知らなかったのだろう。)と思いました。ぼくは、この体験があった今だからこそ、世界中の人に知ってもらいたいです。

 ぼくの夢は薬剤師。薬剤師になって、認知症を治す薬を作って、世界中の人を笑顔にすることです。

寸評

 涼介さん。あなたの願いが実現して、認知症の無くなる日が1日も早くやってくるといいですね。あなたの成長する日々に合わせて、医学も長足の進歩を遂げるでしょう。野口英世博士のように一念発起して難病の救済に立ち上られた方々もたくさんいらっしゃいます。少年(青年)よ!!大志を抱きなさい。山の頂きに立って青き大空に呼びかけるように、大志実現のために思う存分叫んでごらんなさい。認知症撲滅(ぼくめつ)のために一石を投ずると、祖母のために僕の愛情を捧げると。そして人々の苦しみを知れる人になりたいと。涼介さんの大いなる夢の実現に期待して心からの声援を惜しみません。

優秀賞ノーマライゼーションを目指して

水沢南小学校6年 佐渡谷 亮晴

 ぼくは先日、近くの商業施設で、エレベーターに乗ろうとしたとき、ボタンが高いところと低いところにあることに気がついた。エレベーターに乗った時も、高いところでたてにならんでいるボタンと、低いところで横にならんでいるボタンの2箇所にあった。横にならんでいるボタンの下には、手すりもあり、エレベーターの入り口の正面には、大きな鏡があった。

「ボタンも鏡も、車いすの人のためにある人だよ。」

と、母に教えてもらった。その理由を聞いて、へぇなるほどなと納得した。それからときどき、公共の福祉について考えるようになった。

 昨年開催された、リオオリンピックの記事にパラリンピックの写真も見つけた。片方の足がなく義足で走る選手、目が見えないため鈴の鳴るボールで競技する選手、水泳の選手には、ゴールの壁が近いことを上からトントンと合図で知らせるそうだ。パラリンピックの写真を見て、みんな生き生きとしていた。ぼくは、障がい者でもないのに、生き生きとしていない。その記事に、「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ」と書いてあった。ぼくも、できないことがたくさんあって、おちこむこともあるが、できることもあるので、できないことでなやまずに、できることをのばしていきたい。

 ぼくの祖母と祖父の家は、ぼくの家よりもずっと遠くにある。たまに会いに行くと、とてもうれしそうだ。今はまだ、4人とも元気そうだ。しかし、急に具合が悪くなったときや、買い物に行く時にこまるそうだ。障がいのある人や高齢者が安全、快適に行動できるように、身体的、精神的、社会的な障がい(バリアー)をなくす(フリー)ことをバリアフリーと呼ぶことを知った。また、ユニバーサルデザインで整備された公園もあるときく。できればぼくは、区別されずにともに生きる、ノーマライゼーションの考え方に共感する。

 ところが、ユニバーサルデザインに整備するのにも、やはり税金が必要だ。しかし、少子高齢化、人口減社会が進むと、公共の福祉を、現在と同じ水準で考えるのは難しくなることも心配である。人口減社会に歯止めをかけるために、子育て支援や、働き方改革などの対策が考えられている。50年後も人口1億人を維持し、みんなが活躍できる社会であってほしいと思う。

 ぼくは、ボランティアをしたことがない。今のぼくに、できることは何だろうかと、両親と話した。いろいろ考えたが、やはり将来ちゃんと働いて、税金を納められる大人になることが大切だ、という結論になった。そのために、今は目の前にある、当たり前のことを、しっかりと取り組み、学習や学校生活をがんばっていきたい。

寸評

 亮晴さん。パラリンピックの記事の「失われたものを数えるな。残されたものを最大限に生かせ。」のスローガンに共感して『できないことでなやまずに、できることをのばしていきたい。』と言うあなたの生活信条に私も同感です。高齢者になると選択肢は狭まりますが、亮晴さんは前途洋々の輝きに満ちております。まずできることから伸ばしていきなさい。ローマは一日にしてならずと言います。隆盛のためには七百年間もの苦難があって開花したローマです。出来ることを毎日確実に実行していくことで丌思議な力の源泉を得ることが出来ます。継続は力の源泉。やがて難しい局面に出あっても、それを切りくずせる力が湧いてきます。ノーマライゼーションの実現を目指して、こつこつと普段の努力の積み重ねを期待しております。

優秀賞笑顔と優しさ

玉里小学校6年 長根 志歩

 私は、この作文を書くにあたって、「福祉に関わる人」を考えました。すると、私の周りには、そのような人がたくさんいました。私の父、父の兄弟、成人した2人のいとこなど、たくさんの人が、介護施設や特別支援学校などで働いています。

 そんな人達に支えてもらっている人のことも考えました。老人ホームに入所している私のひいおばあちゃんのことが思いうかびました。私の父は、お年寄りの介護をする仕事をしています。介護の仕事は、とても大変だと思います。そう考える理由は、3つあります。

 1つ目は、力仕事が多いと思うからです。おじいさんやおばあさんをベッドにねかせたり、車いすに乗せてあげたり、おふろに入れてあげたりと、体力やうでの力などがないとできない仕事だと思います。

 2つ目は、いつでも笑顔で接しなければならないと思うからです。笑顔で接すれば、相手も笑顔を返してくれ、うれしい気持ちになると思うけれど、体調や気分などで、いつでも笑顔でいるのは難しいと思います。けれども、老人ホームや介護施設がいつも笑顔であふれているのは、介護やお世話をしている職員のみなさんが、いつも笑顔だからだと私は思います。

 3つ目は、人によって対忚を変えなければならないからです。介護施設には、にん知症の方がたくさんいるそうです。にん知症と一口に言っても、人によって症状がちがうそうです。いつもニコニコ笑っている人もいれば逆にいつも不機げんな人もいます。施設の中をフラフラと歩き回っている人もいます。それで、その人によって、話し方や対忚を変えていると父が言っていて、すごいことだと思いました。

 私は、時々父に、

「介護の仕事は大変だね。」

ということがあります。けれども、父から決まって、笑顔とともに、

「でも、いろんな人がいて、おもしろいよ。」

という答えが返ってきます。大変だけど楽しいのは、よっぽどその仕事が好きだからだと思います。

 私のひいおばあちゃんは、今年で98才になるけれど、にん知症にもなっていないし、とても健康に生活をしています。それは、老人ホームの職員の方々が、毎日話しかけてくださったり、お世話してくださったりしているからだと思います。この夏休みに、老人ホームの夏祭りに参加しました。職員の方に、ひいおばあちゃんと家族の写真をとってもらったりして、楽しく過ごしました。その時は気づかなかったけど、今思えば、職員の方々で笑顔でなかった人は1人もいませんでした。

 福祉に関わっているみなさんの笑顔と、優しさあふれる接し方は、本当にすばらしいと感じました。私も、見習っていきたいと思います。そして、私だけでなく、みんなにその心がけがあれば、施設だけに限らず、街じゅうに笑顔があふれ、みんなが幸せに生活できるのではないかと思いました。

寸評

 志歩さん。あなたが老人ホームから受けた印象は美しいものでした。少年(少女)期に受けた感銘はとても純粋なものです。それを後々まで持ち続けられるかはその後の環境や対人関係に左右されるでしょうが、あなたがお父さんや老人ホームの職員さんから頂いた心の温もりは一生涯、あなたの宝になるでしょう。それを心の宝箱にしまっておいて下さい。志歩さん、あなたの受け止めた純粋な感性をいつまでも持ち続けてください。そして「みんなにその心があれば、施設だけに限らず、街じゅうに笑顔があふれ」と言うあなたの願いをかなえるために、辛く苦しい時、つまずきそうになった時、宝箱を開いてあなたの頂いた温もりに照らされて下さい。あなたの周囲から笑顔のある幸せを、さざなみのように広げていって下さい。

優良賞ぼくの家での福祉

水沢小学校6年 田嶋 優

 ぼくの家には、85歳のひいおばあさんがいます。

 ひいおばあさんは、昔から布団屋さんを営んでいます。お客さんが使えなくなった布団を持ってくるので、その中綿を打ち直して、新しい布団に作りかえるのです。ひいおばあさんの作る布団は、ふかふかでとても気持ちがいいです。

 でも、毎日布団を作るので、腰が痛いとか腕が痛いと言うようになりました。そんなときぼくは、ひいおばあさんに薬をぬってあげます。そうすると、とても喜んでくれました。

 ぼくは、小さいころから、いつもひいおばあさんが布団を作っている所で遊んでいました。保育園のころは、ラジオの歌を聞きながらいつも笑っていました。6年生になった今では、布団の仕事がない日にバスケットボールのドリブル練習をしたり、友達と遊んだりしています。ひいおばあさんは、いつもいすに座ってぼく達のことをながめています。

 ひいおばあさんは、よく昔の話をします。ぼくのお父さんが、ぼくととてもよく似ているという話。ぼくのおじいちゃんの話。昔飼っていたねこの話。戦争中、アメリカ軍の空しゅうからのがれるために、家の電気を消して身をかくしたという話。子ども達のことは、絶対戦争にやりたくないという話。楽しい話も悲しい話もたくさん聞かせてくれます。いつもいつも同じ話をするので、時々「めんどうくさいなあ。」と思うこともありますが、ぼく達に話をするときのひいおばあさんはとても得意気です。とても楽しそうに話をするのでその元気な顔見ると、ぼくまでうれしくなります。

 「福祉」と聞くと、老人ホームへ行って、お手伝いをしたり、体の不自由な方のお世話をしたりという難しいことが思い浮かんでしまいます。でも、家の中でおじいちゃんやおばあちゃんと一緒に過ごして、話をしたり聞いたり、家の中で進んで手伝いをしたり、孫達が元気な顔を見せるだけでも、人はいつまでも元気でいられると思いました。ぼく自身、ひいおばあさんと話すときは分かりやすい言葉で話したり、重い荷物を持つときに手伝ったりしています。何も難しく考えることはなく、自分にできることをする。ただ当たり前に、相手を思いやり、身近な人を大切にするその気持ちこそが「福祉」だと思いました。ひいおばあさんにはこれからも長生きして欲しいので、自分にできることをたくさんしてあげたいです。

優良賞ひいおばあちゃんとの思い出

水沢小学校6年 高橋 琉華

 私には、90歳を過ぎたひいおばあちゃんがいます。ひいおばあちゃんは認知症になってしまい、自分が言ったことやしたことを何分かたつと忘れてしまうようになってしまいました。でも、私には、認知症になる前のひいおばあちゃんとの思い出があります。

 1つ目は、ひいおばあちゃんと一緒に歩いて近くのスーパーまで買い物に行っていたことです。歩いて行く間、ひいおばあちゃんとたくさん会話しました。

「琉華ちゃん、今日の学校は楽しかった?」

「今日は何して遊んだの?」

など、いろいろな言葉をかけてくれました。私は、スーパーに行くまでのその時間が、少しの時間だけど、楽しみで大好きでした。

 2つ目は、ひいおばあちゃんときょうだいみんなでやった畑の草取りです。ひいおばあちゃんは畑も作っていたので、誰が1番草をたくさん取れるかなどと競い合って、みんなで楽しく草取りをしました。

「おにいちゃん速くない?」

「みんな、速すぎる。」

など、みんなで声をあげながら草取りをしていたことを覚えています。いつも家族みんなに優しくて、笑顔でいてくれたひいおばあちゃんと一緒にいた時間は、楽しくて、ほっとして、とても心地よい時間でした。

 3つ目は、お盆やお正月のことです。私の家には、毎年、8人のはとこが来ます。ひいおばあちゃんは、毎年みんなにおこづかいをくれました。認知症になる前は、1人ずつ名前を呼んで渡してくれていましたが、認知症になってから、何人かのはとこの名前を忘れてしまいました。

「んーと、誰だっけ?」

と悩んで、なかなか思い出せなくて、本人から言われないと名前を思い出せませんでした。私はそんな様子を見て、「めったに来ないはとこもいるのだから、忘れるのはしょうがない」と思っていました。でも、ひいおばあちゃんの認知症がますますひどくなってきて、そのころからひいおばあちゃんは、めったに部屋から出なくなり、家族と接することも少なくなりました。私が久しぶりにひいおばあちゃんの部屋に行って、話しかけると、

「あれ?だあれ?」

と言われてしまいました。まさか、私の名前まで忘れてしまうとは思っていなかったのですごく悲しくなりました。ひいおばあちゃんは、私が自分の名前を言っても、思い出す気配がありませんでした。それから少しして、ひいおばあちゃんは、老人ホームに入ることになり、今はなかなか会えなくなってしまいました。元気でいるかな、さみしがっていないかな、またおしゃべりしたいな、といつも気になっています。

 今まで家族みんなで過ごしていた時間の思い出が、少しでも、ちょっとしたことでもいいから、ひいおばあちゃんの頭に残っていてほしいと思います。

優良賞ふれ合うことの大切さ

羽田小学校6年 伊藤 妃呂

 希望の園のみなさんとの交流会を行いました。去年もこの会に参加しましたが、去年はあまり希望の園のみなさんとふれ合うことができませんでした。だから、今年こそふれ合うことができるようにがんばろうと思っていました。私はこの会の司会になりました。希望の園の方々が聞き取れるように、はきはき、ゆっくり話すことを意識しました。自分の言葉を、しっかり伝えることを目標にしました。

 早速ゲームが始まりました。最初はじゃんけん列車をしました。去年は、希望の園の方とじゃんけんをする勇気がなかったので、積極的にたくさんの人とじゃんけんをしました。最初はきんちょうしたけれど、だんだん楽しくなってきました。障がいをもった方とふれ合うことは、特別なことではないと感じました。

 次に、ボール送りゲームをしました。じゃんけん列車のときとは違って、きんちょうが全くなくなりました。4つのチームに分かれて、そのチームに2人くらい希望の園の方が入ります。

 ゲームが始まると、みんなで声をかけ合ったり、ボールを横からわたしたりしている人がたくさんいました。私もまねをしてやってみました。やってみて、体の不自由な人にボールをゆっくりわたしたり、横からボールをわたしたりすることは、相手の方が取りやすいような工夫だと気づきました。ゲームが終わると、希望の園の方が、みんな笑顔になっていました。私は、希望の園の方が楽しんでくれたんだと思い、うれしくなりました。障がいをもっている方のサポーターの方も、にこにこしていました。私は、この会が行われて本当によかったなと思いました。最後に、希望の園の方々から、プレゼントをいただきました。お礼のあいさつの時、感謝の気持ちをこめて、大きな声で、

「ありがとうございました。」

と言いました。見送りのときも、元気に手をふりました。私は、学校でのふれ合い活動はもう最後だけれど、またどこかでこのような活動ができればいいなと思いました。

 今回の活動から、どんな人でも、ふれ合うとお互い笑顔になったり、うれしくなったりすることが分かりました。ふれ合うことが大切だと学びました。そして、障がいをもった方や、体が不自由な方でも楽しめるような工夫や、手助けのしかたも学ぶことができました。

 これからも、このような交流会や、普段の生活の中でも、今回学んだことを忘れずに、お年寄りの方や体が不自由な方の手伝いをしたり、楽しんで活動できるような工夫をしたりして、たくさんの人と積極的に接していきたいです。

中学校の部

最優秀賞幸せの支えに

前沢中学校2年 小野寺 未羽

 8月26日から28日のうちの2日間で、職場体験学習が行われました。まえさわ苑デイサービスセンターで体験しました。私は将来、医療や福祉に関わる仕事に就きたいと考えていたのでとても良い体験になりました。

 1日目に体験したことは、髪を乾かすことや水や麦茶、おしぼり配りなどです。他人の髪を乾かすのは初めてだったので、どのようにしたら良いのか少し戸惑ってしまいました。それでもお年寄りの方々は、

「大丈夫だよ、ゆっくりでいいからね。」

と優しく声をかけてくれました。その温かい言葉のおかげで緊張が少しほぐれ、難しくて時間もかかったけれどしっかり髪を乾かすことができました。乾かし終わった後にも、

「ありがとう、とても良かったよ。」

と声をかけてもらい、本当にお年寄りのみなさんは優しいなと感じました。また、6・7月の誕生日の人を祝う誕生日会がありました。お年寄りの方々や職員の方々も、みんな笑顔で楽しそうでした。サプライズで、私たち中学生に何か歌ってもらいましょうと言われ「上を向いて歩こう」を歌いました。とても恥ずかしかったけれど、みんな喜んでくれていたのでなんだか嬉しくなりました。また、職員の方々とエビカニダンスを踊ることになり、ふりつけも何も知らない私に、優しく丁寧に教えてくれました。1日目が終わって帰る時に、お年寄りの方々が笑顔で手を振ってくれていたのが、とてもうれしかったです。戸惑ったことがあったけれど一生懸命がんばって良かったなと思いました。2日目の職場体験が楽しみになりました。

 2日目は、前日と同じで髪を乾かすことや水や麦茶、おしぼり配りなどを行いました。前日も取り組んだため、髪を乾かすのに少し慣れました。それでも、まだ戸惑うことがありましたが、しっかり丁寧に乾かしました。終わった後にまた、

「ありがとうね、またお願いしたいくらいだよ。」

と言われ、とてもうれしい気持ちになりました。「ありがとう」と言われるのがこんなにもうれしいことだということに改めて気づき、人を笑顔にできる、うれしい気持ちになれる言葉でとても大切な言葉だと感じました。何気なく普段つかっている「ありがとう」が、とても特別な言葉に聞こえてきました。心が温かくなりました。2日目は少し慣れてきたので、お年寄りの方々とたくさんお話をしました。昔の話や自分のことなど、笑顔で教えてくれました。その話の中に、まえさわ苑デイサービスセンターの事も話していました。優しそうな顔で、

「職員の方々がとても優しいから楽しい。」

「またここに来るのが楽しみだよ。」

と言っていました。お年寄りの方々も職員の方々もみんながとても優しいから、本当に楽しい所なんだということがよく伝わってきました。午後には、みんなでゲームをしたり壁画を作ったりしました。お年寄りの方々と、協力しながらできました。教えてあげたり、教えてもらったりととてもにぎやかでした。また、毎日昼食の前にする体操があることが分かりました。それは、お年寄りの方々が食べるときにつまらせないようにするためです。実際に私もやってみました。お年寄りの方々もしっかり体操をしていました。

 この2日間で学んだことは、2つあります。

 1つ目は、一人ひとりに合ったサポートをすることが大事ということです。お年寄りの方々は、1人で行動することが危ないので、私達が手を取って案内してあげます。その人の歩くスピードに合わせて、階段など段差のある所ではあせらせず、ゆっくり案内してあげることが大切だと思いました。また、耳が遠い方、目が見えない方、会話ができない方など様々なお年寄りがいるので、その人その人にあったサポートの仕方、話し方などをすることは、とても重要なことだと感じました。

 2つ目はお年寄りの皆さんが、人生の大先輩であることを自覚して接することです。たくさんのことを学び、経験してきた人生の大先輩に対して、言葉遣いや礼儀、接し方などに気をつけなければなりません。今は年をとられて、思うように動けなかったり、表現できなかったりすることもありますが、それに対してイライラしたり、怒ったりせずに、相手に失礼の無いように接するのが大切だと思いました。

 私の将来の夢は、医療や福祉関係の仕事をすることです。誰もが笑顔で安心して生きられるように、今回の職場体験で学んだことを生かして、みんなの幸せの支えになるようにがんばっていきたいです。

寸評

 まえさわ苑デイサービスセンターでの体験学習の様子や学んだことを具体的に書いています。

 お年寄りの方からかけられる「ありがとう」の言葉の素晴らしさ・重さの再確認。人生の大先輩としての接し方の提案等、物ごとに真摯に謙虚に取り組む生活姿勢が感じられます。

 将来医療や福祉に関する仕事に就きたいとの願いを持っており、明るい未来への貢献が期待されます。

優秀賞ボランティアの心

江刺第一中学校2年 菊池 翔

 みなさんは、ボランティア活動をやったことがありますか。例えば、募金やゴミ拾いなどの1人でもできるボランティア活動があります。ボランティアは誰でも出来ることだと僕は思います。

 僕がまだ1年生だったころ、3月11日に東日本大震災がおきました。その時はまだ、他の所がどうなっているのかは予想もつきませんでした。僕の家では停電になりガスも水もでませんでした。やっと電気がもどりテレビをつけてみると、沿岸のほうは津波がきた後で町がぐちゃぐちゃになっているのを見ておどろきました。

 2年生になって、学校では、「アルミ缶回収」が行われていました。僕はいっしょうけんめいになってアルミ缶を集めていました。これが沿岸に住んでいる人に少しでも、力になったらいいな、と思っていました。沿岸の人は他の県からも、世界の人からも募金やボランティアして支えられていたんだと思います。

 今は、みんなからのボランティアで震災まえの姿にだんだんと近づいています。町にあるゴミも少なくなりました。ボランティアしてくれた人がたくさんいたということに感謝をしています。

 でも、今はその他に問題になっていることがあります。「ポイ捨て」の多さです。ポイ捨てをすることで、生き物の減少につながったら地球温暖化につながります。みなさんは、道にゴミが落ちていたらゴミを拾いますか。自分が捨てたのじゃないから拾わない、あるいは、ゴミが道に落ちていても無視をする人がいると思います。僕は、小学生までそうでした。

 小学校6年生の夏休みに、家族で海に行きました。僕は、海に行くのが楽しみでした。でも、海に行ってみると、ゴミがたくさん落ちていました。その時、僕はみんながポイ捨てをしているゴミが海にながれてきていると思いました。少しでもゴミを減らそうと頑張りましたが全然減りませんでした。一人一人がポイ捨てを1回でもすると、すごい量のゴミが集まることに気がつきました。

 今でも、あまり道に落ちているゴミの数が減っていません。ある日、テレビを見ていたら川が汚れていて魚がすめなくなっているというニュースが放送されていました。ポイ捨てをするせいで川や魚が汚くなって生き物が住めなくなってしまうので一人一人がポイ捨てをしないように心がけることが大切だと思います。

 どこかで災害がおきても、誰かが募金やボランティアをしてくれるおかげで町がきれいになったり、悩んでいる人や困っている人の支えになったりするのでボランティアは、誰でも人を救えるものだと思います。

 ポイ捨ては、やればやるだけ環境が汚くなります。だから、日常からできるだけ、ゴミを出さないようにしなたり、ポイ捨てをしないようにしたりして、道に落ちているゴミがだんだんとなくなっていってほしいと思いました。

寸評

 東日本大震災後、校内で取り組んだ「アルミ缶回収」のボランティア活動が、沿岸被災地の人々に役立ったことを確認しています。

 身のまわりでの「ポイ捨て」や海水浴場でのゴミの多さに驚きと怒りを感じ、ゴミが落ちていても自分が捨てたのじゃないとか無視する人がいることを問題視しています。

 ゴミ捨てが生き物の減少や地球温暖化につながることを捉え、自分たちにできる活動を地道に実践されることを期待しています。

優秀賞思いやりの心をもって

前沢中学校2年 菅原 詞音

 先日、私は毎年2年生になると行う職場体験学習をまえさわ苑デイサービスセンターさんで行いました。この仕事を体験させていただいて学んだことが5つあります。

 1つめは、耳が遠かったり、目が見えなかったりなど様々な事情を抱えたお年寄りへの対忚の仕方についてです。このデイサービスセンターにはこのようなお年寄りが来ていました。私は、今までこのような方々に接したことがなく、どう対忚していいか悩みながらも声を掛けてみると、緊張していて声が小さかったためか、「え?」と聞き返されてしまいました。大きな声で言ったつもりでも「聞こえない」と言われてしまいました。悩んでいると職員の方が「耳元で大きな声で、ゆっくりはっきり優しい口調で言えば大丈夫だよ。」と声を掛けてくださり、言われた通りに声をかけてみると、声が届いたようで楽しく会話をすることができました。私はこのことから、その方に合った対忚をすることが大事だということを学びました。

 2つめは、職員の方々の連携が必要だということです。お年寄りの方々と接するには何人かが協力して行わないと大変です。デイサービスセンターの職員の方々は、お年寄りが入浴するときは、1人が案内し、もう1人がシャンプーなどをしてあげ、もう1人が髪を乾かす等、1人で全て行うのではなく連携して行うことがとても重要だということを学びました。

 3つめは、コミュニケーションの大切さです。自分から話しかけてくれるお年寄りもいれば、そうではない方もいるので、人見知りの私にとっては、自分から話し掛けることはとても大変でしたが勇気を出して話し掛けると普通に話が盛り上がってお年寄りも喜んでくれてとても楽しそうでした。やっぱりコミュニケーションは大事だということを学びました。

 4つめは、お年寄りを喜ばせたり、楽しませたりするには工夫が必要だということです。私が職場体験に行った初日は誕生日会を行っていました。その誕生日会では、職員の方が変装してお年寄りの方を楽しませたり、私も一緒に職場体験した友達と職員の方でエビカニダンスをしたりしました。お年寄りも一緒に踊って楽しんでくれました。普段、家にいることが多いお年寄りも一緒に活動したり、笑いあったりすることで元気が出ることがわかりました。

 最後は、仕事の難しさ、大変さです。私は「働く」ということはそこまで難しいものではないのではないか、と今まで思っていました。しかし、実際に体験してみると違いました。例えば、髪を乾かすという仕事でも「熱くないですか?」や「全部乾きましたか?」など気を配ったりしなければならかったり、移動が大変な方を安全に気をつけて立ち上がらせたりなど、どの仕事もとっても大変なんだなということを学びました。

 私は、今回の職場体験学習でお年寄りの方と接するには「思いやりの心」をもつことが必要だと思いました。お年寄りの方々は、年をとって体が思うように動かなくなったり、思いを上手に伝えられなくなったりすることがあります。たとえできないことが多くなってきたとしても、誰でも、楽しく幸せに生きたいと思うのは当然のことだと思います。私はまだまだ子供で、できることは少ないかもしれませんが、道端で会ったら、明るく元気にあいさつをしたり、地域の行事などでふれあうことがあったりした時には、お年寄りの立場になって考え、『思いやりの心』をもって接するということを意識して生活していきたいと思います。「思いやりの心」をもって生活する人がこの街にもたくさん増えていけば、お年寄りだけでなくみんなが幸せに暮らすことができると私は思います。

寸評

 まえさわ苑デイサービスセンターでの職場体験学習から学んだことを順序立てて書いています。

 様々な事情を抱えているので、その人に合った対応をすること、連携すること、コミュニケーションをとること等々しっかり捉えています。

 何よりも「思いやりの心」で接することの大切さを再確認し、そうした心で生活するとみんなが幸せに暮らせると結んでいます。

優良賞福祉委員会の活動を通して

水沢中学校2年 菅野 愛子

 私は、昨年福祉委員会の仕事を体験しました。活動内容はエコキャップ、紙パック、古切手の収集と募金です。期間中にみんなに呼びかけ、集まったエコキャップは、委員会の人達が1個1個数えて集計します。この作業は大変でした。エコキャップは480個でワクチン1本に変わります。1人約15個持ってくると、16本のワクチンが手に入るそうです。

 また、牛乳パックやジュースのパックは、福祉施設「ひまわり園」の活動資金となります。古切手は、修理した車イスを外国へ送るための運送費となります。さらに、昨年5月に集めた熊本募金は奥州市社会福祉協議会を通して熊本県に送ることができました。

 私は家庭部で、福祉委員会と共同で復興忚援の団扇を作りました。その団扇は、釜石市野田の復興住宅に送られ、盆踊り会場で地域住人の方々に配られたそうです。釜石の方たちのお役に立てて嬉しかったです。

 このように一人一人の意識が、少しでも困っている人たちのためになることに気付き、実行していくことで多くの人たちを救っていくことになります。インターネットでいろいろ調べてみると、アフリカ大陸のサハラ砂漠以南の南スーダン、ザンビア、コンゴ民主共和国、ナイジェリア、マリ、ブルキナファソ、タンザニアといった国々では、災害や紛争が多いうえ、若い頃に教育を受けられなかったために収入が安定しない人々が多く住む地域がたくさんあるそうです。そのような地域では、食料が少ないために栄養状態が悪かったり、水道、電気、医療などの生活環境が整っていないため、不衛生な生活を送っています。そのため、栄養失調や下痢で苦しむ子どもや、肺炎やマラリアなどの病気に罹る子どもがたくさんいます。その多くは適切な医療サービスを受けることができずに命を落としているそうです。

 こういった子どもたちを救うため、ユニセフでは6種類の病気に対して効果のある予防接種を行う活動を各国で行っており、ワクチンで救える命が日々増えています。日本で防げる病気も防げなくて、すぐ治らないのです。日本なら医薬品が発達していて、病気もすぐ治るのに、その違いにおどろきました。福祉委員会ではエコキャップを収集することでポリオワクチンに換えることが出来ると知り、少しでも協力したいと思いました。

 水沢中学校の全校生徒の平成28年度のエコキャップの収集個数は5万310個でした。ただ、スーパーマーケットやコンビニエンスストアの棚をみてみるとたくさんペットボトルが並べてあって、大量生産がされており、たくさんエコキャップが出る環境にあります。さらにはアメリカ、ロシア、ヨーロッパ各国も日本と同じ環境だと思います。特にも中国では経済発展が著しいので他の国よりも、ペットボトルの消費量が多いと思われますから、みんなが協力すれば、たくさんのポリオワクチンがアフリカに送ることができます。ワクチン接種を受けられるようになれば、アフリカの多くの人たちが健康になって、仕事が出来るようになります。子どもたちも教育を受けられるようになり、経済が発展していくことになると思います。そういう社会の実現に向け私は、これからもエコキャップ収集に積極的に取り組んでいきたいと思っています。

優良賞障害者でも楽しく過ごせる社会を!

前沢中学校1年 三浦 和希

 2016年7月26日の未明、神奈川県相模原市の知的障害者福祉施設で19人が刺殺され、26名が重軽傷を負うという事件が起こった。

 これだけでも衝撃的な事件だが、僕は犯人の言葉に驚いた。

「障害者なんていなくなってしまえ。」

 事件の起こった施設には、重度の知的障害者が入所していた。犯人は犯行の理由を「障害を持ったまま生きていくのはかわいそうだと思ったから」と語っている。人を殺していいという理由なんてない。それが、障害者だからといって許されるわけがない。だから、犯人は「優しさ」だと主張しているが「優しさ」の使い方も間違っていたと僕は思う。

 しかし、この事件を知るにつれて、僕は犯人だけが悪いのではないのではないかと思うようになった。

 もちろん、犯人が悪い。殺人を犯してしまうようになった原因を知るためには、犯人の性格や生育歴などを調べる必要があるだろう。しかし、彼をそうさせた社会のあり方も考えなければならないと僕は思ったのだ。

 犯人は3年ほどこの施設で働いていた。意思疎通が難しい人がいた、夜に徘徊してしまう人もいたらしい。暴言や暴力を受けたりすることもあり、従業員には相当な負担がかかって大変だったかもしれない。本来であれば、重度の障害者1人に対し従業員が2~3人欲しいところだが、この施設では夜間になると入所者20人を従業員が1人で対忚していたらしい。

 そんな過酷な状況が、犯人を追い詰め、極端にゆがんだ、危険な考えが大きくなっていったのではなだろうか。

 人間は弱い心持っていて、その弱い心は自分より弱い人間を見つけて自分を優位に置きたがる。自分より弱い部分を見つけて上から目線で小馬鹿にして、自分はコイツより優位にいると安心するのだ。人をからかって自分を安定させたいと思ったり、自分を必要以上に大きく見せたいと思う時は、大抵自分の心が辛いとき、苦しいとき、すさんでしまったときだ。自分の心が満たされないとき、ストレスや怒りが自分ではなく周りの人間に刺さっていくことがある。

 クラスの中にもそれはある。小さなからかい、ちょっとしたおふざけは日常生活にあふれている。しかし、最初は小さなからかいであっても、1人の命を奪ってしまうまでに大きくなってしまう。

 命を簡単に奪ってしまう「いじめ」はなくなって欲しいと僕は思っている。

 今回の殺人事件と「いじめ」、2つに共通するものは、優位でありたいと思う弱い心とその心を助長する社会・環境だ。

 僕は、これからの社会を担っていく人間の1人として、このような事件を二度と起こさないように、この事件で失われた命を無駄にしないように、安全で楽しく過ごせる社会づくりに貢献していきたいと思う。

 そのために大切なことは「優しさ」だと思う。「優しさ」は「優しさ」を生む。優しくされると誰だってうれしい。うれしいと誰かに優しくしたくなるものだ。

 相手のことを考えながら、相手の嫌がることをしない「優しさ」、間違ったことをしている人に、「それは間違っている。」といえる「優しさ」、ストレスを抱えていたり、悩んでいたり弱っていたりする人に寄り添える「優しさ」を心がけている人が増えれば、社会はどんどん優しくなっていくと思う。

 そして、社会の制度や職場も優しくなるべきだ。職員が不満を持たず働ける環境・制度をみんなで作っていってもらいたいと思う。どのような困難も先述の「優しさ」で対忚できる。相手のことを考える「優しさ」があれば1人の人にだけ負担がかかるような仕事分担はできないし、間違いを指摘する「優しさ」があれば、パワハラにも対忚できる。仕事がうまくいかずに悩んでいる人がいれば、寄り添って話を聞いてあげ、励ますこともできる。

 もちろん、対障害者でも同じことが言える。どんなことで困っているか、どんなことで喜ぶのかをまず考えられる「優しさ」で、理解を深めて欲しい。

 すべての人が障害の有無にかかわらず幸せに生きられる社会の実現には、時間とお金がかかるかもしれない。お金のことは僕には難しい。でも職場も環境も人が作るものだから、みんなの心の中に「優しさ」があれば、今よりもずっといいものに変えていけるはずだ。

 障害者でも楽しく過ごせる社会は、僕たちにとっても楽しく過ごせる社会だ。

優良賞福祉に取り組むために私たちができること

衣川中学校1年 石川 由佳奈

 私が福祉の作文を書こうと思ったきっかけは、小学生のときに、障がいがある人の体験などをやったことがあるからです。

 小学校のときは、障がいがある人の体験、国語の授業で点字の学習、羽衣荘に行き車いすなどのそうじ、6年生の自由研究で介護について調べたりしました。

 障がいのある人の体験では、目かくしをつけて、棒みたいな物を持ち、足もとを確認しながら、階段をおりていくという、目の見えない人の体験をしました。目の見えない人の体験をしてみて、目が見えないということはとてもこわいことだと思いました。わけは、棒みたいなのでしか、足もとを確認することができないし、いつ階段をふみはずすかわからないからです。それに、もしも階段をふみはずしてしまったら、転んでけがをしてしまうかもしれないからです。

 国語の授業で学習した点字は、「あ」から「ん」までの字をどのような点字で表すのかと、点字の読み方を学習しました。それと、点字をうつことができるセットを使って、紙に自分で点字をうちました。点字をうつときに一文字一文字、教科書を見て確かめながらうつのでたいへんだったし、時間がかかったのでたいへんでした。でも、うち終わったときには、うれしかったです。たぶん、うつのがたいへんだったから、うれしかったんだと思います。だから、点字をうつのが仕事の人は、毎日たいへんだと思います。

 羽衣荘に行って、車いすなどをそうじしてきたのは、何年生だったか覚えていないけど、衣川小学校として、クラス全員でいきました。車いすのそうじは、タイヤの部分以外、ほとんどタオルでふいてそうじをしたと思います。車いすのそうじに行ったことで、おじいさんやおばあさんなど、羽衣荘で生活をしている人たちと少しだけ会話をすることができました。でも、おじいさんとおばあさん方の介護をしている人達とは、あまり会話をすることができませんでした。私たちが車いすそうじをしたことを喜んでもらえたので、よかったと思いました。

 6年生で取り組んだ自由研究では、介護について調べました。介護について調べたことによって、知らなかったことをたくさん知ることができました。介護とは、病人や心身に障がいがある人に付きそって、日常生活のお世話をすることだということがわかりました。それに、介護とは日常生活の食事、入浴、移動(車いすなど)、トイレ、着がえ、行事への参加などを手伝う仕事をしていることも知ることができました。行事は毎月あって、春夏秋冬の季節にあわせてあることもわかりました。私は、1年の行事の中で夏と冬の行事が好きです。夏は、7月の夏祭りと8月の花火で、冬は12月のクリスマスの行事が私は好きです。私は介護について、羽衣荘で働いている人に聞きました。仕事をしていて思うことを聞いてみたら、

「安心して、おだやかに笑顔で過ごしていただきたいと思っています。」

といっていました。だから、介護をすることは、障がいがある人が安心して生活していくために大切なことだということを知ることができました。

 私の同級生の友達に福祉のボランティアをやった人がいます。ボランティアで車いすにおじいさんやおばあさんを乗せて移動したりするなどのことをやったそうです。移動中に、すれちがったり、車いすに乗っているおじいさんおばあさん方が話しかけてきてくれて、会話ができて楽しいボランティアだったといっていました。だから、私は、ボランティアした人が会話ができて楽しかったなら、おじいさんやおばあさん方も会話ができて、楽しかったし、うれしかったのではないかなと思います。

 これまで経験してきたことを生かして、福祉に取り組むなら、ボランティアがいいと思います。私たちはまだ働くことができないから、介護などの仕事をすることはできません。でも、ボランティアなら私たちにも取り組むことができます。それに、障がいのある人にも喜んでもらえると思います。だから、ボランティアをする人も、してもらう人も楽しいと思います。

 私は、これまでの経験してきたことを生かして福祉に取り組むために、ボランティアをしてみたいと思いました。

優良賞福祉について考える

衣川中学校1年 佐藤 花菜

 私は、福祉の町奥州市づくりのために私たちができることというものを考えてみました。福祉とは、未成年者、高齢者や障害者で生活上で支援や介助を必要とする人、経済的困窮者、ホームレスなどに対し、生活の質を向上させるためのサービスです。

 私は、小学生のときに総合的な学習で福祉の学習、ボランティア体験をしました。とくに印象に残っていることは、ボランティア体験で羽衣荘にいって高齢者患者が座っている車いすを押してあげるお手伝いをしたことです。初めは、きん張して手は震えているし、車いすはロックされて止まっていてすごくめいわくだったけど、でも優しい従業員さんが、車いすのやり方を教えてくれました。私は、困っている人がいたら助けてあげる大切さを改めて学びました。

 体験学習としてもう1つあります。学校では、アイマスク体験と点字体験をしました。アイマスク体験では、2人1組となって、前にマスクをつけて階段を上ったり下りたりしました。マスクをつけてすぐに視野が暗くなり、正直怖いなぁと思いました。そして階段を下りるときに1人友達が、ゆう動しながら階段を上り下りしました。実際に1人でやってみると怖くて棒がささえになってくれました。でもやっぱり怖くて一段一段下がっていくうちに、マスクを取ってしまいました。目の不自由な人は、すごく毎日怖い思いをしていると感じました。

 点字学習では、丸くて、小さいプツプツがありそれは食品やいろいろな物についていました。点字は、「あ」から「ん」までありました。エレベーターの番号の下やトイレのボタンにもついていました。目の不自由な人は、点字で少し楽になったと思いました。私は福祉の町奥州市づくりのために、できることは積極的にボランティア活動や募金に取り組み、障害者や高齢者のために少しでも協力したいです。

 今、高齢者が増加して、子どもが減っています。それとどうじに高齢者ドライバーも増えています。それで交通事故で死亡するケースもありました。私は高齢者や障害者さんは、なるべく体に無理をしないようにしたら少しでも交通事故はなくなると思います。中学生は、積極的に参加し、一人暮らしの高齢者のための弁当作りや、そうじもお手伝いできたらいいなと思いました。

 福祉のいみは、しあわせやゆたかさを表現する言葉です。幸せは、みんなが笑顔にならなければ幸せとはいえません。みんなが、ボランティアやぼ金に協力してくれると高齢者の手助けになります。キャップやプルタブをいっぱい集めると、車いすがもらえます。そのことは小学生や中学生も気軽に協力できるのでやってほしいです。

 私は小学生のときに環境ボランティア委員会に入っていました。その活動の一部として、老人ホームの羽衣荘にいって学校行事のお知らせを届けにいったときに、おじいちゃんおばあちゃんの顔を見たら笑顔になっていました。私も少し疲れていたけど、顔をみたら笑顔になりました。そしていつも運動会のときも、わざわざ暑いのにきてくれてとてもうれしかったです。

 福祉は、みんなのためにやっているということを改めて知りました。1つの体験をすることで少しでも協力になると思います。私もめんどうくさがらず、積極的にボランティアに参加して力になっていけたらいいと思います。

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