奥州市社会福祉協議会

目や耳のご不自由な方へ

平成26年度奥州市福祉作文入賞作品集

-思いやりの心で たくさんの笑顔を-全 23ページ

表紙

第9回奥州市社会福祉大会特別表彰作品集

《平成26年度奥州市福祉作文選考委員会》
委員長 小野寺 寛(水沢読書連絡会会長)
副委員長 佐藤 栄喜(水沢読書連絡会副会長)
《作品応募総数》
市内39校中16校から34作品
内訳 ・小学校27校中11校から11作品 ・中学校12校中5校から23作品 各部門 最優秀賞1点 優秀賞2点 優良賞3点を表彰
《編集・発行》
社会福祉法人奥州市社会福祉協議会

目次

小学校の部【6年生】

テーマ: 福祉について感じたこと、考えていること、体験したことなど

最優秀賞介護を通して学んだこと

奥州市立玉里小学校 菅野 春菜 1

優秀賞わたしの家から福祉を考える

奥州市立藤里小学校 菊池 桜妃 2

優秀賞おじいちゃんとぼく

奥州市立胆沢愛宕小学校 高橋 優宏 4

優良賞キャップハンディ体験をして

奥州市立姉体小学校 佐々木 柚希 5

優良賞私に元気をくれる人

奥州市立黒石小学校 及川 彩優 7

優良賞デイサービスに通う楽しそうなひいおばあちゃん

奥州市立広瀬小学校 阿部 詩月 8

中学校の部【2年生】

テーマ: 福祉のまち奥州市づくりのためにぼくたち・わたしたちにできること・できたらいいこと

最優秀賞人との関わりを大切に

奥州市立江刺第一中学校 菊池 優菜 9

優秀賞福祉と自分

奥州市立東水沢中学校 荒川 命 11

優秀賞「ありがとう」で温かい気持ちに

奥州市立前沢中学校 斎藤 玲奈 13

優良賞安心できるふるさとへ

奥州市立水沢中学校 宮地 比良理 15

優良賞相手への気持ち

奥州市立水沢南中学校 倉成 早紀 17

優良賞福祉のまち奥州市づくりのために

奥州市立水沢南中学校 石川 未優 18

小学校の部

最優秀賞介護を通して学んだこと

奥州市立玉里小学校6年 菅野 春菜

 私の祖父は心筋梗塞という心臓の病気と、腎臓の病気を持っています。

 祖父が入院したのは今年5月頃のことでした。その日、私は学校にいて、家には祖母しかいませんでした。祖父は急に胸が苦しくなって心臓発作を起こしました。祖母はすぐに電話をかけようとしましたが、突然のことで手の神経がおかしくなってしまい指の震えが止まらなくなり、電話をかけるのが大変だったそうです。祖母は急に祖父が倒れて、本当に怖かったと思います。

 私もその場にいたら、どうしたらいいか分からなかったと思います。小さい頃から江刺甚句の歌を歌って教えてくれた祖父。仕事で忙しい父や母の代わりに、私のために一生懸命お世話してくれた祖父が倒れたなんて信じられませんでした。でも入院し、治療を受けて命が無事だと知って本当に良かったと思いました。

 私の家族は9人家族です。その中でも一番頑張って祖父の介護をしているのは母です。仕事が忙しくても、祖父のために仕事を休んで祖父のお世話をしています。たくさんの薬分けやトイレの世話、塩分とカリウムに気を付けて食事を作ったりしているのを見て、私は介護をするということは大変なことだと改めて実感しました。

 私の母は夜の9時頃にしか帰ってきませんので、母が休みの日以外は私が代わりに夕飯を作ることにしています。塩分に気をつけて作らなければならないので、とても大変です。

 叔母はいつも祖父を病院に連れて行ったり、ずっと祖父の面どうを見ているので休むひまがありません。でも母や叔母を見て、家族みんなで協力してお互いのことを考えながら介護をしていることが、とてもすごいと思いました。そして私は、家族が互いに思いやりながら協力していることを大切にしたいと思いました。

 今、祖父は1週間に3回、デイサービスに行っています。

 初めて介護施設の人を見て、どんな仕事なのか気になりました。玄関の段差にもスロープを付けていたり、すべり止めをつけていたり、とても安全だと思いました。少しの段差でも車いすに乗る人にとってはとても大変なことだと知りました。今の生活は大変なこともたくさんあるけど、初めて体験することが増えました。

 大好きな家族が困っていたら、しっかり手伝えるようにしたい、もちろん他の人でも困っている人がいたら、「だいじょうぶですか?」とやさしく声をかけてあげたいと思います。そして将来は人を助ける福祉関係の仕事ぜひしてみたいと思っています。

 私は困っている人たちのためにどんなことができるのか、まだか分らないこともあるけれど、人のために役立ちたいと強く思いました。

寸評

 祖父母のいらっしゃる家庭では、両親の代わりになって孫の世話をすることは、ごく自然に行われています。

 その中で、世代を超えた心の交流が豊かに膨らんで、祖父母から学ぶことは数え切れません。祖父母が病気の状態になられても、孫達がまっとうに成長できるような力と知恵と真心を伝えてくださいます。私達は心をこめて、祖父母からそのことを学び取らなければなりません。

 春菜さんは、おじいちゃんの介護を通して、家族相互の優しさと思いやりの大切さをしっかりと受け止めることができましたね。

 その学んだことが、将来あなたに花開きますように。

優秀賞わたしの家から福祉を考える

奥州市立藤里小学校6年 菊池 桜妃

 わたしの家では、ひいばあさんが車いす生活なので、家の段差などをなくすということが必要でした。そのため、お父さんやおばあちゃんが手すりなどを付けたので、ひいばあさんもしっかり生活できています。

 うちのおばあちゃんは、ひいばあさんのお世話をしっかりしています。ひいばあさんがおばあちゃんを呼ぶと、すぐにかけつけてお世話します。お年寄りは、若い人に比べて、体が不自由になるので、たくさんのお世話が必要になると思います。まして、ひいばあさんのような車いす生活ではなおさらです。だから、たくさん手をかけてあげるおばあちゃんは、えらいなあと思います。

 どうしてあんなに上手にお世話できるのか、お年寄りのお世話をおばあちゃんみたいにできるようになるためには、どのような事に気をつけていけばいいか、わたしなりに考えてみました。

 まず1つ目は、「人に思いやりをもつこと」です。わけは、まず人に思いやりをもたなければ、人に対してやさしくできないからす。

 2つ目は、「お世話の間に、上手に休みを入れること」です。わけは、朝から夜ま1日ずっと一緒にいたら、おたがいに気をつかい過ぎてストレスを感じてしまう事もあると思うからです。おばあちゃんも、ひいばあさんと1日中一緒にいることは、まずありません。呼ばれないときは自分のやりたいことをやってます。それで、うまくいっているように見えます。3つ目は、「一人でやれることは、できるだけやらせること」です。老人だからといっても、洗たく物をたたんだり、食器を片づけたりすることは、車いすに乗っていてもできる事だし、リハビリにもなるし、一石二鳥だと思います。

 4つ目は、「犬やねこなどペットを飼ってふれ合わせること」です。なでたりすることだけでも気持ちが落着くし、リハビリにもなると思います。ひばあさんは、手も悪いので、そんな人に向いているのではないかと思います。もう、わたしの家では、実際に犬とふれ合わせています。

 この4つのことが、わたしなりに考えた福祉です。

 今、わたしの家では、お母さん、お父さん、おばあちゃんなど、家族みんなでひいばあさんを支えています。だから、わたしもお世話は積極的に行いたいと思っています。そうすれば、必ずいことが待っているような気します。

 わたしの将来の夢は、家の手伝いをしながら、近所の一人暮らしのおじいさんやおばあさんのお世話をしてあげて仲良くなり、年に関係なく全世代仲が良いと言われるような地区にしたいことです。そして、わたしのような人がどんどん増えていって、みんなが幸せを感じる「福祉のまち奥州市」になったらいいだろうなと思います。

寸評

 桜妃さんのおばあちゃんの活躍はすごいですね。そのおばあちゃんの活動を分析的に観察して、4つのグループに分類できたあなたの目の付けどころは、大人も及ばないほどの素晴らしさですよ。

 お世話の間に上手休みを入れるということは、介護を長続きさせるうえでの知恵なんです。

 あなたの家族のようにみんなで支え合って生活していると、人を思いやる豊かな心が家族の垣根を越えて地域や社会に波及していくでしょう。やがて、あなたが人々の福祉活動に貢献できる大な力を発揮ことを信じていますよ。

優秀賞おじいちゃんとぼく

奥州市立胆沢愛宕小学校6年 高橋 優宏

 ぼくのおじいちゃんは、18年前に脳卒中で倒れてしまいました。一命は取り留めましたが、その後、左半身不随となり、車いす生活になりましたが、家の畑を見て回れるくらいまで回復したそうす。おばあちゃんは、このまま自分で動ける生活がずっと続けばいいなと思っていたと思います。でも日がたつにつれて、だんだん動けなくなっていき、とうとうおばあちゃん達の介護が必要になりました。

 ぼくが小さい頃からおじいちゃんは車いすに乗っていました。でもぼくには元気そうに見えました。一緒に水戸黄門を見たり、将棋をしたりして過ごしました。ぼくは今でも将棋が大好きです。おじいちゃんに将棋を教えてもらって好きなりました。対戦を何回もして毎回とてもよい勝負でした。また、水戸黄門で出てきた地名から、ぼくの行ったことのある場所や、その近くの見どころなども教えてくれました。おじいちゃんはクレーン車の免許を持っていたので、テレビに鉄塔が映ると昔よく鉄骨を組み立てていたことを話してくれました。そんな時のおじいちゃんは、とても生き生きしていて、とてもうれしそうに見えました。

 ぼくも大きくなるにつれて車いすを押せるようになったので、おじいちゃんを家の中で移動させたり、庭へ連れて行ったりしました。

 お父さんは、おじいちゃんが家じゅうどこにでも行き来できるようにと、木を使ってスロープを作りました。スロープは仏様に行くところにも作りました。大きな段差が無くなり、拝む時におじいちゃんを移動させやすくなったし、ぼく達にとっても歩きやすくなりました。仏様へ行くのが前より楽になったので、おじいちゃんもうれしかったと思います。

 おばあちゃんは毎回一人でおじいちゃんを風呂に入れていました。大変だなどと一言も言わず、すごいなと思いました。

 しかし、そのおじいちゃんも3月の下旬に食道がんと宣告されました。放射線ちりょう等で少しずつ治していく予定でしたが、あまり効果が出ませんでした。4月の中旬に入院しましたが、ぼく達は「今までもいろいろな病気を乗り越えて長生きしてきたから今回もきっと大丈夫。」思っていました。でも体中に転移していて7月の中旬に永眠してしまいました。

 ぼくはとても悲しかったけれど、おじいちゃんといろいろな思い出が作れたし、手伝いもたくさんしてあげられたので、少し心が軽かったです。おじいちゃんも家族の支えで病気を乗り越えてきたのだと思います。

 ぼくは将来、人を助けるような仕事について人の支えになりたいと思います。おじいちゃんとの思い出を大切にしながら、家族と支え合っていきたいです。

寸評

 優宏さん!あなたの家族は幸せですね。

 病気のおじいちゃんを真ん中にして、家族みんなで幸せの波動を創り出してきましたね。おじいちゃんは、お亡くなりになる日まで、幸せな老後を創ってくれた家族全員に、感謝の想いで過ごされましたよ。

 優宏さん、おじいちゃんから学んだ色々なことが、あなたのこれからの人生の宝物にきっとなりますよ。あなたのお名前が表しているように、子から孫へと伝えるものは、命の繋がりばかりでなく、優しさや他を思いやるという心の宝でもあることを、心にとどめておいてくださいね。

優良賞キャップハンディ体験をして

奥州市立姉体小学校6年 佐々木 柚希

 この間、私たちは総合の学習で、目が不自由な方と足が不自由で車いすに乗っている方に講師として来ていただきキャップハンディ体験をしました。最初はそれほど興味がなかったけれど、講師の樋渡さんと小原さんがホールに来たときはびっくりしました。小原さんは自分の足のように車いすを動かしていて、目が不由な樋渡さんはガイドさんが一緒にいたけれど、あまり違和感がなかったからです。どうやって普通の人とあまり変わらずに生活しているのかと思い、早くキャップハンディ体験をしたくなりました。

 まず、最初に、AチームとBチームに分かれて体験をしました。

 私は初めにブラインドウォーク体験をしました。二人でペアになり、一人はアイマスクをつけて白杖を持ち、もう一人はガイドとして校舎内を歩きました。歩き始める前に樋渡さんから「白杖は物を確かめるためのものなので、ふざけて人を突っついたりしないでください。」と言われたので気をつけましたが、アイマスクで目が見えないので変なところを突っついてしまいました。だけどガイド役のこのかさんに、いてしまた。だけどガイド役のこかさんに、「そこは床じゃなくて机だよ。」と言われたので気をつけて歩きました。ゴールした時には、少し歩くだけでも大変なのに樋渡さんは普通に歩いていてすごいなあと思いました。みんなで体験した後、樋渡さんにお話をしていただきました。一番楽しいのは歌を歌っている時で、買い物はお姉さんに助けてもらっている話など、たくさん教えてもらいました。最後には「声をかけてくれると助かるので、もし私を見たら話しかけてくださいね。」と言われました。それを聞いて、登校する時にバス停の所を毎日、目の不自由な人が待っていて、いつもあいさつはしているけれど、今度時間があったら、もう少ししゃべってみようかなあと思いました。

 次に、車いすの体験をしました。私は小原さんのように上手に乗れるかなあとドキドキしながら自分の番を待ちました。

 いよいよ自分の番になり乗ってみたら、押してくれる人が上手だったのであまり怖くなかったです。ただ、段差のところを乗りこえる時だけ少し怖かったです。自分が押す番になり上手に押せるか心配だったけど、小原さんに「ゆっくりやれば大丈夫ですよ。」と言われたので、その通りにやったらとても上手にできました。小原さんのお話では、25歳の時から不自由になったという事や、車の運転も普通にできるということなどを話していただきました。

 2つの体験を通して分かったことは、「みんなで助け合えば体が不自由でもみんなと同じ生活ができる。」ということです。

 これからも体の不自由な人に声をけたり、色々なことでみんなと助け合っていこうと思いました。

優良賞私に元気をくれる人

奥州市立黒石小学校6年 及川 彩優

 私は奥州市水沢区の「黒石」の鶴城に住んでいます。鶴城には、お年寄りの人がたくさんいます。それに子どももたくさんいます。私は特にお年寄りの人々に元気をもらっています。

 1つ目は、登校班で学校まで行くときのことです。私たちの鶴城は町を通って横断歩道を渡ります。その横断歩道を渡るところに「見守り隊」の人々が立ってくださっています。

 私は何だかうれしい気持ちになります。

 わけは、私が元気にあいさつをすると見守り隊の人たちも元気にあいさつを返してくれるからです。私はそれで、いつも元気をもらって一日一日が楽しくなります。私のもう1つの楽しみは、地域の人たちとしゃべることです。特に近所の人たちとは仲がいいので話が盛りあがります。私はもっと地域の人々や近所の人たちとの交流を増やしていければいいと思います。

 黒石は自然がたくさんある町です。しかし黒石にはゴミもたくさんあります。年々増え続けていて困っています。私たちの小学校では、自然で豊かな町になるよう、学校でもクリーン活動を行っています。そして児童センターでも毎年、草取りとゴミ拾いをしています。ゴミ拾いをしているとタイヤやホイールが落ちていて、なぜ捨てるのだろうと疑問に思いました。けれども、私たちがクリーン活動を少しでもしているので、町は少しずつきれいになっていっていると思います。

 これからは、みんなと協力して、誰かが「つかれたなぁ、たいへんだなぁ。」と言った時には私がフォローしてあげ、みるみるうちに町がきれいに、地域の人々が元気になれるよう、一人ひとりをサポートしていき、家族がおばあちゃん、おじいちゃんになったら肩もみをしたりしてあげたいと思います。

 私の家では犬と猫をかっているので散歩につれていった時に、もしも、した場合には持って帰って家で処理したいと思いました。私は全国のみんなが手をとりあってやっていければいいなぁ、と思います。

 私が地域に願っていることの1つは、地域の人々が笑顔で長生きしてほしいことです。

 2つ目はゴミのない町をつくることです、自分からやろうと思います。

 最後に1回くらいは恩がえししたいと思います。

優良賞デイサービスに通う楽しそうなひいおばあちゃん

奥州市立広瀬小学校6年 阿部 詩月

 私のひいおばあちゃんは、足を悪くして車イスの生活です。

 ひいおばあちゃんは、数年前山道を歩いていた時に転んでしまい、足を悪くしたのだそうです。そんなひいおばあちゃんは、毎週金曜日に通うデイサービスを楽しみにしています。

 そこで私は、デイサービスではどんなことをしているのか興味をもったので、ひいおばあちゃんに聞いてみることにしました。そこでは、主に2つの活動をしていることを教えてくれました。

 1つ目の活動は、頭の体操です。ぬり絵などをするそうです。ひいおばあちゃんのデイサービスでのぬり絵を見せてもらいました。着物を着て遊ぶ一人の小さい女の子の絵だったと思います。ていねいにぬられていて、楽しく活動していることが分かりました。

 2つ目は、イベントという活動です。この前は夏祭りをしたそうです。的にボールを当てるゲームやヨーヨーつり、足の悪くない人たちは「じん句踊り」をしたそうです。実際に家でいっしょにやってみると楽しい遊びがいっぱいで、とても楽しいと思いました。

 ひいおばあちゃんは、デイサービスの友だちについても話してくれました。部屋にいる20人くらいの人たち全員と友だちだそうです。たくさんの友だちがいることに私はびっくりしました。その中で、一日に話す友だちは二人から三人で、あまり動けないので、となりの人や向かいの人と話をするのだそうです。友だちのことを話している時のひいおばあちゃんは、一番の笑顔でした。

 私は今まで、デイサービスとは、介護をする人にご飯を食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったりする所だと思っていました。でも実際は、たくさんのイベントを通して友だちを作り、おしゃべりする所だということが分かりました。

 楽しい遊びや仲良しの友だちがいて、デイサービスは学校のようなところだと思います。私も学校で友だちと遊んだり勉強するのは楽しいので、元気な人はもちろん、ちょっと具合の悪い人でも楽しく過ごせる場所なんだなあ、と思いました。

 未来の奥州市については、私のひいおばあちゃんより具合の悪いような人でも、楽しく仲良く過ごせるデイサービスの施設をたくさん作ってくれるといいなあと思います。そして笑顔がたくさんあふれる奥州市ができるといいなあと思います。もしかしたら、私もデイサービスで働いているかもしれません。

 子どもも大人も、お年寄りも体の具合が悪い人も、仲良く暮らせる奥州市をみんなで作っていきたいです。

 ひいおばあちゃん、いつまでも元気ね。

中学校の部

最優秀賞人との関わりを大切に

奥州市立江刺第一中学校2年 菊池 優菜

 私の母は、小学校で特別支援教育支援員をしています。私は、いつも母から話を聞いていて気になったことがあります。

 「ある程度大目に見て欲しいと思うけれど、やっぱり叩くことや蹴ることといった、ダメなことはダメなこと。だからその時は『障がいがあるから仕方がない』ではなく、注意してもかまわない。」

 私は以前、発達障がいがある人と一緒に、音楽の授業を受けたことがあります。その時にどう接すれば良いのかが分からず、ふざけても、一緒になって笑っているだけでした。障がいがあるからといっても、その人もひとりの人間なのです。誰だって一つは障がいとまではいかないけれど、何かをするときの妨げになっていることはあると思います。また、その障がいも、一人ひとりの人の個性なのだと思います。

 ですが、人間誰しも「合う、合うわない」ということがあるように障がいのある方をどうしても受け入れられない人もいるのです。どんな人でも、苦手な人を好きになるのは、難しいことですよね。私もそう思っています。そして、私は、それはそれで良いのではないかと思います。相手のことをしっかりと理解したうえで、この人と合わない、と思うことは構わないのではないかと思います。

 ところが、相手のことをよく知らないで、ただ単に「障がい者」だからと決めつけて、初めから関わろうとしないのは、何か損をしているのではないか、と思います。そのような偏った見方で人を判断して、自分の中で何かを決めつけている人は、悲しいと思います。私は、人との関わりをしっかりともって生活していきたいと思います。

 障がいを持っている方は、人とどのように接していいか分からないことが多いと聞きました。だから、他の人とは違う行動をしたりするも人もいます。

 母もコミュニケーションの障がいのある方と接していると、ときどき「何をしているの?」とか、「訳が分らない…。」と思ってしまうこともあるそうです。私は、人と接することが大好きなので、正直そういう人の気持ちが分かりません。ですが、接していくことが難しいとしても、その人が社会で生きていくためには、人と接することは大切なことです。その障がいに詳しいカウンセラーの方など、相談できる方が増えていけば良いな、と思ます。

 また、私は、障がいを持つ方達が社会で生きていくためにもっと周りの理解と協力が必要だと思います。たまたま、障がいを持って生まれてきただけで、周囲から冷たい目で見られたり、人と違う接し方をされたりしたら、悲しいことだと思いませんか。みんな同じ人間なのです。障がいを持った方が、できるだけ私たちと同じように生活できる社会であってほしいと願っています。

 障がいを持って生まれた方は、私達が普段持っているもの以上の悩みを抱えていると思います。その方達の気持ちが完全に分かることはできません。ですが、分かろうとすることはできるはずです。

 私は、ゴビンド・シンの「疑いを捨てなさい。」という言葉が好きです。私は、疑いや偏見を捨てて、その人自身とその人の気持ちに、しっかりと関わっていきたいと思います。そして、その人との関わりを深めていきたいと思います。

 人との関わりは、一人ひとり正解が違います。でも、その正解を見つけることが大切なのではなく、正解を見つけようと努力することが大切ですし、その人と関わることが親密になっていくことなのだと思います。

 この国のいろいろな人達の個性を理解して、一人ひとりしっかり関われる人になりたいと思ます。

寸評

 「いろいろな人達の個性を理解し、一人ひとりとしっかり関われる人になりたい。」人間の捉え方、生き方への真摯さ・誠実さに、明るい未来への期待が高まります。

 障がい者の気持ちを完全に分かることはできないが、理解しようとする努力が大切だとも。障がいを一つの個性と捉え、同じように生活できるように周りの理解と協力が必要です。

 文章の運びも自然で、完全に自分の言葉として述べています。

優秀賞福祉と自分

奥州市立東水沢中学校2年 荒川 命

 私は、福祉について関心があったので、老人ホームで職場体験学習を行ました。3日間の職場体験学習を通して、働く方と入居者の方との関係を身近に感じるこができました。

 どのような病気にかかっているのか、どのようなところが不自由なのかは、一人ひとり違います。また、天候や季節によって体調を崩しやすい方もいらっしゃいます。そのため職員の方は一人ひとりに応じた対応を考え、しっかりと支えなければなりません。作業なども一人ひとりに合った活動を考えなければいけません。このように大変なことが多い仕事なのに、なぜ続けられるのかなと疑問に思いました。

 この疑問が少し晴れたのは職場体験2日目のことでした。

 私たちが部屋の掃除を終えた頃、ある入居者の方に声をかけられました。その方がおっしゃってくださった言葉、それは「ありがとう。」でした。

 「ありがとう。」今まで数え切れないほど言われてきました。しかし、このときの「ありがとう。」だけは、今までに感じたことのない不思議な感情が生まれた「ありがとう。」でした。

 入居者の方と、もしくはご家族の方は、お金を払って施設に入居しています。だから、入居者の方が介護を受けるのは当たり前だと、認識していた自分がいたのだと思います。それなのに「ありがとう。」という言葉をかけられ、嬉しさと驚きが入り混ざった素敵な感情が芽生えたのだと思います。

 人とが人とが平等な気持ちで結びあっているときの「ありがとう。」は、とても温かく、心の奥まで響くのだと学びました。

 また、職場体験中、レクリエーションも行いました。レクリエーションでは入居者の方とバレーボールをしました。ボールを床に落とさないように声をかけ合うなど全員で協力して楽しむことができました。だから、入居者の方ともすぐに打ち解けることができました。また、入居者の方と話をしているうちに、自分との共通点を見つけられることも楽しみのひとつになりました。

 自分の何倍もの時間を生きてきたお年寄りの方とお話しすることで、自分の生まれた街や、歴史について学ぶこともとても楽しかったです。改めて異年齢の人たちと関わることの素晴らしさを実感することができました。

 たった3日間の職場体験でしたが、褒められたり、感謝の言葉をいただくことがたくさんありました。だから、少しくらい仕事が辛くても頑張れたのだと思います。働いている方たちも、苦しいこと、辛いことがあっても「ありがとう。」の言葉で続けられるのかなと思いました。また、このような気持ちを味わってほしくて「福祉」というものが生まれたのかなと感じました。

 福祉活動を行うこと。それはたくさんの苦労があります。ですが、入居者の方はとても優しく、職員の方も一人ひとりにしっかりと寄り添っていました。その姿はひとつの大家族のようでした。信頼し合っているからこそ、たどり着いた姿だと思いました。入居者の方は自分の家族と離れた施設で暮らしています。寂しかったり、家族に会いたいと強く思うこともあると思います。しかし、職員の方がいつも笑顔で接していたり、しっかりと話を聞いているから、自分の家にいるような気持ちで過ごせるのだと思います。

 このように温かい人間関係だからこそ、入居者の方の異変にいち早く気づいてあげられなかったときは、とても苦しく辛いのだと思います。それでも、涙を見せず入居者の方に笑顔で接することで、人はどんどん強くなっていくのだと思いました。

 私は今まで福祉活動に対して、一方的な介護など、心の交流があまりないような印象がありました。しかし、職場体験学習を通して、私の考えは大きく変わりました。

 支えられる人と支える人がいても、双方から支え合い助け合っていくこと。目には見えない、心を温かくするための交流を続けていくこと。これが本当の福祉なのではないかと考えるようになりました。

 そして、身近な福祉活動に積極的に参加したいと思い始めました。そして、「福祉」という言葉の本当の意味を自分なりに理解して、行動に移していきたいと思います。

寸評

 入居者と職員がしっかりと寄り添い、互いに頼り合っている姿から「あるべき未来の姿」を学び取っています。

 「人と人とが平等な気持ちで結び合っているときの「ありがとう。」は、とても温かく、心の奥まで響くと。

 老人ホームでの職場体験を通して、「ありがとう。」の意味を再確認できたこと、「本当の福祉」への認識を深めたことは、大きな収穫です。

優秀賞「ありがとう」で温かい気持ちに

奥州市立前沢中学校2年 斎藤 玲奈

 私の将来の夢は介護福祉施設で働くことです。そう思い始めたきっかけは、体の不自由な曾祖母の介護をしていたことです。

 元々、お年寄りの方々と話をすることや、交流することに関心を持っていました。実際にお話しや交流をしてみると楽しいことがたくさんありました。しかし、介護をするうえで大変なこともありました。体が不自由だと、本人の思うように動けないし、私が動かそうとしても、どう動かしていいのか分からず戸惑うことがありました。こうしたことから、より介護への関心が強くなっていきました。

 今回、職場体験で介護福祉施設を希望し、体験先がまえさわ苑に決まった時は嬉しく思いました。実際に、お年寄りの方々と話をしたり、髪を乾かしてあげたりしました。会話をするのは、年代が違うため何を話していいのか分からず少し困ってしまうところがありました。しかし、お年寄りの方々から話しかけてくれて嬉しかったし、自然に笑顔になることができました。お年寄りの方々は、皆さん明るく元気で笑顔がステキでした。

 髪を乾かす作業では、風の強さや熱さに気をつけ、全体的に風を送るよう丁寧に行いました。作業後に「ありがとう」と言われて、とても嬉しく温かい気持ちになったことを覚えています

 午前の仕事が終わり、午後は6、7月の誕生会に参加しました。誕生会ではお年寄りの方々と歌ったり、なるこ踊りを披露したりしました。短い時間だったけれど楽しく、充実した時間を過ごすことができました。

 私がこの体験を通して学んだことや感じたことが2つあります。

 1つ目は、人の役に立つ仕事には楽しいことや嬉しいことがたくさんあるけれど、その分大変なことも多くあるということです。お年寄りの方々は、私がした少しのお手伝いに対して「ありがとう」と感謝してくれました。その、「ありがとう」がとても嬉しく感じました。感謝することは当たり前のようで、意外と恥ずかしくてできていないように思いますが、それを自分が実際にされると、素直な思いが伝わってきてより温かい気持ちになりました。また、コミュニケーションを取ることが難しく、大変でした。普段は友達同士で何気ない会話をしていますが、その中でも、自分が伝えたいことが、相手に伝わっていないことがあったり、言葉一つで相手を不快にさせてしまったりすることもあります。自分が軽い気持ちで言っていることでも、相手にとっては嫌なことかもしれません。人にはそれぞれ個性があるのに、それに対して悪いことを言うのはいけないことだと感じました。皆、違うことが当たり前なのだから、まずは相手を受け止めるところからなのではないかと、お年寄りの方々とのコミュニケーションの中で学ぶことができました。

 2つ目は、相手の気持ちを考えての行動が必要だということです。自分の意思で動くのは大切なことでもあるけれど、それがマイナスになってしまうこともあるように思います。場に応じた行動を自分で考えることも大切になってくるのではないでしょうか。実際に施設の人は相手の気持ちを考えて行動しているように見えました。それは、体の不自由な方に危険なことがないように、手をそえて支えてあげたり、優しく話しかけてあげたりという行動から感じました。私も普段からこのような行動がとれるようになりたいと思いました。

 今、私の周りでもお年寄りの方々が多く見られます。そんな中、私たち若者には何ができるのかと考えた時、小さな気遣いの積み重ねが必要なのではないかと思います。もし、困っている人がいたら優しく声をかけてあげ、お手伝いをしたいと思います。また、介護福祉施設訪問などがあったら積極的に参加したいと考えています。

 私は将来、介護福祉施設で働きたいと考えています。私の他にも介護の仕事に就こうと考えなくとも、多くの人が介護や福祉に関心を持ってくれるといいなと思います。また、「ありがとう」と言われた時の嬉しさと温かさを感じてもらえたらいいなと思います。そうすれば、誰にでも優しく接することができる人が増え、誰にでも優しい社会ができるのではないでしょうか。

 私は、人の役に立てる人になりたいし、頼られる人になりたいです。

寸評

 福祉施設での職場体験を通して、お年寄りとの会話のしかた、髪の乾かしかた、コミュニケーションのとりかた、何よりも相手の気持ちを考えて行動することの大切さを学び取っています。

 入居者が明るく元気で、笑顔がステキと感じる感性、人の役に立つ仕事は楽しいと捉える筆者の人間性が美しい。

 福祉の仕事に関心を持ち、積極的に実践しようとする姿勢から、明るい未来が開けるようです。

優良賞安心できるふさとへ

奥州市立水沢中学校2年 宮地 比良理

 私たちの国、日本はさまざまな問題をかかえています。その中でも特に問題とされていることは「少子高齢化」です。

 少子高齢化とは文字通り子供が少なくなり、65歳以上の高齢者が増えることです。高齢者が人口の7パーセント以上を超えると「高齢化社会」と呼ばれますが、日本では2007年で21.5パーセントとなり、「超高齢社会」となりました。

 この影響をうけ、人口の減少と経済活動の衰退により、地域社会を維持することが難しくなった地域が増えてきています。これを「過疎地域」と言いますが、いずれ過疎地域になるであろうベスト100に私達奥州市も入っています。私は一時期千葉県に住んでいました。そこの小学校は5組まであり、これでも少ない方だといいます。それにくらべ奥州市の小学校はほとんど2組までしかありません。このまま少子高齢化が進んでしまったら2組どころの話ではなくなってしまうかもしれません。だからこそ私たちはこの問題に目を向けなければいけないのです。

 これらは最近社会の授業で学んだ内容です。そのおかげでこの頃、少子高齢化について考えるようになりました。

 中学2年生になると実際に働くことを体験する「職場体験」があります。私は保育園に行くことになりました。

 私の保育園のイメージは友達と思いっきり遊ぶ所というものしかなく、私達は子供達に何をしてあげれば良いのか分からないでいました。それがまとまらないまま、ついに当日になってしまいました。

 最初の自己紹介。子供達に良い印象をもってらう最大のチャンス。ここを逃すとチャンスはもうないのと同じ。私はギャグを入れてみました。「ひらり、ひらりと舞い降りました。みやちひらりです!」沈黙。しくじったかと思いました。が、次の瞬間笑い声がわきました。ホッとしました。しかしホッとしたというよりも、子供達にみとめられたような感じがして、嬉しいという気持ちの方が大きかったです。

 その後の活動はこの自己紹介のおかげでスムーズに事が進みました。子供達と遊んだり学んだりしている中で笑ってくれたり、話しかけてくれたり、喜んでくれたりすると、私も嬉しくなりました。最初の曖昧な気持ちなんかふっ飛んで消えてしまったかのようになくなっていました。おそらくこんな気持ちになれたのは私と子供達との上下関係を見直したからだと思います。

 最初の私はもちろん中学2年生、保育園児という形としか考えていませんでした。だがそれを「友達」と考えることで、子供達の考えていることを少しでも分かることができると学びました。

 そして子供達が保育園を楽しいと思うことで親の皆さんは安心して預けることができます。つまり、頼ることができるのです。私達人間は頼らないと生きていけない動物です。いじめられたりしても自分一人でかかえこんでしまい、最悪自殺してしまうニュースも増えています。これも少子化の原因の1つだと思います。

 子供をつくるのが不安な方や、心配な方も安心できる場所がある。互いに頼ることができるようになれば少子化は小さくなるのではないでしょうか。保育園だけではありません。親のみなさんが頼れる場は他にも沢山あるのです。それを伝えることができたらきっと未来は子供達であふれる豊かな世界になるのだと思います。

 そのために私はここ奥州市で子供達とふれ合う活動をしたいです。もしくは、そんな仕事に就きたいです。そしたらきっと親のみなさんも安心できるし、人も集まってくると思います。誰か一人でも動けば後の人はみんな付いてきます。奥州市が先頭をきって動けば他の市も動き出す、私はそう思うのです。

 みなさんはこの奥州市をこれから、どのような市にしていきたいと思いますか。

優良賞相手への気持ち

奥州市立水沢南中学校2年 倉成 早紀

 「日本で一番最初に病人や貧しい人々を助けた人は聖徳太子」そんな話を、私は聞いたことがあります。その話を聞いた時は、かなりおどろきました。聖徳太子って何年前?と思い調べてみると1400年も前のことです。

 「福祉」という言葉もできていなかった時代でも、人は人のことを助けていた、福祉ような活動を行う、すごく歴史がある事です。

 では、今私が生きている時代、住んでいる場所では、福祉は盛んでしょうか。

 私が、中1の時、総合の授業で、介護施設で働いている方のお話を聞いたことがあります。「本当にい介護施設は、働いている人が優しいところ。」その言葉がすごく心に残りました。どんなに新しくても、いい設備でも、結局は、働いている人のお世話の仕方や働いている人の良さが出る施設に行きたい、私ならそう思います。

 介護施設で働く人は、資格や体力などはもちろん、気持ちや相手の身になり考え、寄り添おうとする心が重要なのかなと、お話を聞いていて感じました。

 この話で聞いたことを、ケアマネージャーである私の父に話しました。ケアマネージャーは介護が必要な老人の家に行って、本人とその家族とで、今後の生活のついて話し合い、計画を立てる仕事です。仕事の内容は違っていても、同じ福祉の仕事をしている父も、同じことを言っていました。人の気持ちを理解しようとすること、人のために頑張る気持ちが福祉につながっていると思いました。

 福祉に関わる人達の意識はとても高いです。しかし、町全体の意識は、正直高いとは言えないと思います。

 母と買い物に行った時のことです。すごく混んでいて、なかなか車が停められませんでした。結局、かなり遠い所に車を止めることにしました。車いすの方が便利なように、お店に近い所に、車いす専用の駐車スペースは空いていました。その駐車スペースに若い人が乗った1台の車が停まりました。それを見てすごく腹がたちました。混んでいて、そのスペースしか空いていなくても、遠くに停めている人が大勢いるのに、その一人の都合で停めては、周りの遠くに停めていた人の気遣い、マナー、優しさなどの意味がなくなってしまいます。障がい者専用のトイレでも同じことが言えます。

 自分のことだけ考える、少しだけなら許される、そんな考えを持っている人がいれば、どんなに福祉に対する意識が高くても、福祉の町をつくれないと思います。

 この町が、福祉の町になるため、改善していく点がいくつか見つかりました。その中でも「気持ち」、「相手」がキーワードだと思います。

 相手のために一生懸命尽くす気持ち、相手の身になり、寄り添おうとする気持ち、相手のことを少しでも理解しようとする気持ちなど「相手」のために考え、何か行動を起こす、そんな「気持ち」を全員が持てるように自分から改善していきたいです。

 この改善点のキーワードを見つけるまで、私は、今までの学んだ経験、思ったことなどたくさんの事を思い返しました。福祉って、今さらだけど、どういうことなんだろう、書き始めるまでずっと考えていました。今まで、たくさん福祉について聞いてきたつもりでした。聞いていても、思っていても、そこからはっきりと自分なりの結論やどう活かすかまで考えていませんでした。福祉について何となく考えていただけです。

 やはり、福祉の町にするためには、一人ひとりが考えてみることも大切です。考えていると思っていても、はっきりと考えを言うことができなければ、意味がないです。

 一人ひとりが、相手のために、人のために何かしようとする気持ちを全員が持つことと、福祉で学んだ経験、福祉に関して思ったことから自分なりの考えをまとめることが大切だと思います。

 相手のために行動する、自分だけの考えを捨てる、それだけでも立派な福祉だと思います。その気持ちは、聖徳太子の時代も現代も欠かせなく、福祉の町づくりで、私達にもできることす。

優良賞福祉のまち奥州市づくりのために

奥州市立水沢南中学校2年 石川 未優

 まず「福祉」とは何か。私は改めて知るために辞典を開いて意味を調べました。

 「福祉」とは、「人々の幸福、暮らしのうえで幸せな環境」とありました。

 人々の幸福、暮らしのうえでの幸せな環境、それが成せるようになるには、私達は何をしたら良いのか、どうしたら良いのか考えてみました。

 私が考えた、奥州市を福祉のまちにするためにできると思うことは、次の通りになります。

 まず、自分の身の周りからです。自分の周りの人達が暮らしのうえで幸せな環境を感じられるように、小さなことでも、困っている人がいたら手をさしのべて、協力し合うことができると思います。

 例えば、自分の家庭内での話ですが、祖母がリウマチをわずらっていた時に、物が取れない時は、代わりに取って渡したり、足が不自由な時には、車いすを押してあげたりしました。このように、小さなことでも、祖母はいつも「ありがとう。」と言ってくれました。自分では何となく言ったことでも、本人にとっては、助かった、幸せな環境だと思うことがあると思います。

 ですから、自分の身の周りで、できることは、小さなことでも、困っている人には手を差しのべることだと思います。

 次に、自分の身の周りから、さらに視野を広げて、地域でできることについてです。

 私は、できることは2つあると考えました。

 1つは、地域の奉仕活動などに積極的に参加することです。

 例えば、私はこの前、地域の奉仕活動でごみ拾いをしました。それによって、目の不自由な人や車いすの人が移動する際、つまずいたり、引っかかったりすることがなくなる道になり、それこそ福祉のまちに近づけると思います。

 もう1つは、地域の人達との関係を深めることにより、孤立したお年寄りや一人でいる小さな子供から、危険な場面を回避させることができると思います。

 例えば、いつも「おはよう。」と声をかけることにより、その人は「一人ではない。」と意識すると思います。また、帰りの時間帯には「お帰りなさい。」や「こんばんは。」など更に声をかけ合うことによって、不審者や泥棒から自分の身を守ることにも、地域の人の身を守ることにもなると思います。それこそ福祉の「幸せな環境」に当てはまるのではないかと思います。

 最後に、自分ができることで、一番大きなことは、区内でのことです。

 私は、区内でできることは、福祉についてもっと深く考えることだと思います。区まで大きく広げるとあまりにも大き過ぎて、何をしたら良いか、分からなくなります。

 ですが、だからこそ「福祉」のことを常に考えていることにより、いざその場面になったとき、行動が起こせると思います。いえ、行動を起こしたいと思います。

 例えば、中学校では、ベルマークやはがきを集めてお金に換えて寄付をしています。それを更に広げられたらと思います。ベルマークやはがき以外にもリサイクルのできるものを集めたり、学校だけでなく地域などでも集めて、寄付を募りたいと思います。

 そうしたら、寄付したお金で、不足している福祉用具や介護用品の補助金になると思いました。そうできれば良いと思います。なぜそう思ったかというと、私の祖父はこうげん病で、介護用品が高いと聞いていて、それによって少しはその負担を減らせることができないかと思ったからです。

 これらが、私が考える奥州市を福祉のまちにするために、私達ができること、できたらいいことです。

 しかし、「したいと思う。」ということは、口では簡単に言えることです。確かに、今の私では、望むことしかできないこともあります。ですが、今ここで述べたことは、少なからず自分で行いたいです。

 「福祉」とは、人が人のために行動することだと思います。だから、私も、奥州市を福祉のまちにするため、できること、できたらいいことを精一杯していきたいと思います。

メニュー